2012年3月27日火曜日

日帰り 豊島の旅



2012.03.22


日帰り豊島の旅へ行って来ました。



近いながら今まで行けてなかった豊島美術館と、豊島自体は2回目の訪問となります。




棚田など多くの自然の風景が残り、尚且つ新しいアートの場としてもどんどん成長している豊島は、かなりレベルの高いアート島になっているようでした。



宇野港からフェリーで40分ほど、家浦港に到着します。



バスや車など島めぐりの手段はいろいろありますが今回は電動自転車をチョイス。



割りと天気はよく急いでもいなかったのでサイクリングしながら島を一周することにしました。




最初は軽快に走っていたのですが自分の自転車だけ進みが悪い。相方はスイスイ走ってはしゃいでいるのですが自分のはそんな感じではなく徐々に息が切れ出します。



しばらく走ってから気付いたのが電池切れ。。。



中途半端な場所で戻るのも悪いので気合で峠を越えるはめになってしまいました。久々のトレーニングで死にそうでした。























そんななか見えてきた景色がこれ。道路が下りすぎて道が見えないw瀬戸内海へ吸い込まれそうな道でした。























豊島名物?の棚田。








そしてとうとう見えてきました。西沢立衛氏による豊島美術館








この地に伏せたプロポーションがなんとも建築欲求をくすぐりますね。






チケットセンターで購入してすぐにあの塊には向かいません。




















一本のプロムナードを進みます。非常に感性を揺さぶるアプローチに西沢氏の建築空間へのこだわりが感じられ、あぁ。。僕はもうすでに建築の内部にいるのだ。。。と思わされるような場所になっていました。






















クローバーなどが生えている一面グリーンの綺麗な道を進むと左に瀬戸内海を望む雑木林に誘い込まれます。西沢氏はこの美術館の植栽はすべて豊島に生息しているいわゆる『雑草』を利用し、土地に根ざせる環境、強さなどを考慮しているそうです。ゆえにこの場所に違和感が感じられず低く白い塊も、この場所にもともとあったような雰囲気を醸し出しているような気がしました。






















林を抜けるといよいよ登場です。






















入り口。靴を脱いで裸足またはルームシューズを履いて入場?し、内部の写真は不可。

内藤礼氏の作品があるのみの広いワンルーム空間です。低いシェル構造のスラブには2つ大きな穴が空いており、自然の光・風・匂い・生き物が自由に内外部を行き来します。刻々と環境によって変化する様は、生命を感じさせるナニか、とい言葉が頭の中に浮かびました。

また、意外にも人がいる時間に違和感がなかった事はすごく感動した部分でもありました。空間に人間がついていけないというか人間がいることが拒絶されてしまうような建築ではなく、人も場所の一員のような感覚がすごく嬉しかった。

光や風や匂いって常に同化しているようなイメージで、


ここには、床やシェル部に蜘蛛やてんとう虫たちが歩いている。


そんな中に人間も同じように歩いて、立ち止まって、座って、眺めて、息をして、時に低いスラブに頭をぶつけて・・・w

そんな景色を眺めていることになんら違和感を感じなかった場所を僕はすごくすごく

『なんか良いところ』

って思いました。







カフェは内部も撮影可。ショップ兼カフェの空間は非常に曖昧な場所でした。


あいまいな空間の見本のような場所でした。


あいまいな空間ってどんなところ?って聞かれたら今度から豊島美術館のカフェ行っておいでって言います。





















こうして美術館を後にし、チャリで心臓音のアーカイヴへ向かいます。ほかにも島キッチンなど面白い場所もありますがオフシーズンで閉まっているとこが多い。

とにかく田舎の景色の良いったらありゃしない。






















海の浜辺のへりに建てられた心臓音のアーカイヴ。以前来た時に登録をしていたので今回は自分の心臓音の流れるルームに入りました。




















自分の心臓音を聴くってなんか気持ち悪い。





















その後は遠回りだけど楽しいとチャリのおっちゃんに教えてもらっていたコースを使うことにして、のんびり帰りたかったが電池残量にビクビクしながら帰るハメに。






















途中で休憩しながら誰もいない山道を休憩したり下り坂ぶっ飛ばしたりかなり若返ったような気分でチャリを満喫。






シュールな手書き看板や、




















モーさん。






















ドヤえもん。






















???



非常に満足した1日でした。宮井さんありがとうございました。







2012年3月18日日曜日

大阪産業大学デザイン工学部設立イベント ピーター・アイゼンマン講演会

peter_eisenman



大阪中央公会堂にてピーター・アイゼンマンの講演会に参加した。京都に5日間滞在していたのでその流れで講演会にも。

終電の都合で最後までは聴けなかったのだけど一応まとめておこうと思う。


初めは山口先生と玉井社長の公演。ここでは、プロジェクトに関することと日本メディア批判、哲学や思想が欠落しているのではないかという問題提起されていた。そして話はロボットというキーワードへ移行した所でロボット会社の玉井社長との対談が始まる。

ロボットを使ってさまざまな現場で作業するロボットを利用し促進させようという試みが伺えるが、僕が疑問に思ったのは初めに思想とか哲学とかの話をしておいて作業をロボットに壁などの作業をさせようとするのが納得いかなかった。

それとこれとは別だと言われるかもしれないが、あくまで建築の話をすると建築のもつ良さってただ美しく建てれば成るモノではないと考えているから。人が思考し、人が構築するからリアルな建築の良さが生まれるのではないか。それは表層的な美しさではなく建築の内面からにじみ出てくる美しさなのではないだろうか。僕にはそれを機械が創れるとは思わない。


全てを批判するわけではもちろんなくて、現段階でロボットの導入は、メンテナンスに用いたり可動式のディテール部に利用したり需要は大きくあるように考えるがロボットの存在意義のアプローチがちょっと違うのではないだろうかという疑問が生じただけ。




その後、アイゼンマンの公演の前に一人あったがよくわからなかったのでパス。ハイパーヨーヨーの動画だけ記憶に残っている。




メインイベント。ゆっくりわかりやすく話してくれているのがよくわかる公演で英語だけでも少しは理解できる。当然同時通訳を利用したが。



アイゼンマンは大きいキーワードとしてプロジェクトとプラクティスという事を言った。

建築家はどちらかに偏る人が多いらしいが、プロジェクトは建てなければ意味がない。思考を実践しなければ意味がないということだ。


ここはメモみたいになるが、

アイゼンマン曰く、批評家は弁護士みたいなもので恣意的で中立でなければいけない立場だが実際はそうではない現状。

建築は信念であり、文化の中で重要な役割である。

彼は横綱になりたい大関でありたいと言った表現はすごく納得で、No.1はハーバード、No.2はイェールでイェール推しだった。



話を戻す。



プロジェクト

これは建築が世界を定義するものである。



プラクティス

これは世界が建築を定義するものである。





才能、知性ではなく、自分がどのように見つめているかが重要なのだとか。




フランチェスコ・ボッロミーニ(Francesco Borromini,1599年9月25日 - 1667年8月3日)はこの2つのPを両立した数少ない建築家であったらしい。
実作は少ないが、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂はイタリアで行ったのを覚えている。改修工事をボッロミーニが手がけている。




プロジェクト派は、アルド・ロッシ、ロバート・ベンチューリなど

プラクティス派は、ジェイムズ・スターリングなど


なんとなくわかるようなわからないような




さらにアイゼンマンは6つのメタプロジェクトを言う。


1つはウィトルウィウスの『建築十書』


1つはレオン・バッティスタ・アルベルティのおそらく『建築論?』


1つは部分対全体、大きな家は小さな町、部分が全体を創る。


1つはプロジェクトを理解するのはスクールであり、プラクティスを行うのが実務である。プロジェクトを創るのも必要で、プラクティス(実践)をするだけではよくない。


1つはル・コルビュジエのドミノシステム


あとひとつは聞き取れませんでした。


という事を聞きながら、作品の紹介をしている時に時間が来て退室ということになった。ん~最後まで聴けなかったが割りと勉強にはなったし新しいコトも知れたから良かったと思う。



やっぱ講演会とかリアルに人の言葉を聴けるのはいいね。また時間あれば積極的に参加しよう。

建築をめざして

建築をめざして (SD選書 21)


建築をめざして


ル・コルビュジエ=著

吉阪隆正=訳


この本との出会いは、建築系ラジオで五十嵐太郎氏がオススメしたい本に選んでいた事から知るにい至り、のちに建築学生としては初歩的な位置付けの本だと知った。

この本では、ル・コルビュジエが21世紀の建築とはこうあるべきだという強い主張が書かれていて、以前の建築で言われていた何々様式というものを否定している。また、まえがきでは、『「建築」とは何かをもう一度考えてなおしてみるきっかけ、今日的であるためには具体的にどうあらねばならぬかという問題を考えなおすに絶好の著書である』と綴られている。

僕がこの本にすごく惹かれた内容は、建築とは感動させることであるとはっきり唱えられ建築的感動とは「光の下での空間の、よく考えられ、正しく、立派な組み合わせ」であるとするところだった。初めて建築書でこのような、いわゆる綺麗事というか理想論というか、精神性などのセリフはタブーなのかと思うくらいリアルな部分ばかりだったがストレートに自分の気持ちを告白してくれたような気分になった。もちろん正確な裏付けや見解、思考があるわけだけど僕はすごく嬉しくラジオで言っていたように前向きになれる気がした。


前半では都市や建築の覚え書として立体と、面と、平面について語られている。読むとわかるがすごくシンプルに記されているので理解がしやすく順序だてられている。


話は船や飛行機、自動車などの工業製品などと建築を比較しながら展開され独特な図版を用いて非常に興味深い。たとえばパルテノン神殿とスポーツカーの図版を並べるなど。


このなかで特に感じたのは、

建築と建設は違う。

建築と建物は違う。

建築家と設計士は違う。

なんだろうなぁと感じたこと。

建築は住むための機械でありながら建築を創る事はただモノを構築するだけでは成し得ないというところに行き着いた。


そして建築は芸術であるということも。


最後は建築か革命かであると綴られて締めくくられる。最終章では事あるごとに『革命』というキーワードがでてくる。時代への意見。個人的にはここはすごく難しく考えたのでまた時間を開けてから再読しようかと思う。初心を忘れない意味でも。




ル・コルビュジエのお墓の前で誓った事は忘れない。僕は『建築家になる』と…



2012年3月7日水曜日

直島日帰り旅行



















弾丸直島日帰り旅行に行って来ました。つい先日、旅の最中のミラノで会った直樹が今は自転車で旅をしていることを聞きつけ、ちょうど岡山に来るというので遊ぼうということになったのがきっかけです。ミラノでいろんな話をしていた時に僕は忘れていたのだけど直島の話をしたらしく、それを覚えててくれて来ようと思ったんだって。嬉しいですね。という訳で僕は3度目だけど何回来ても良いとこだと再確認しました。

















SANAA設計の海の駅に到着!直島は普通に回っても1日あれば一周できるのですが近くにある犬島や豊島、男木島、女木島など沢山の観光スポット島が点在していてそれらをしっかり楽しむには3日くらいあれば余裕だと思います。直島はシャトルバスや100円バス。1日レンタサイクル500円など交通の便もさすがです。民家の素泊まりやベネッセのホテルなど宿泊にも適していて相変わらずさすがでした。



初めは家プロジェクトから回りました。今では7つのプロジェクトを見ることができますが内藤礼氏のきんざは週末のみらしく見れませんでした。残念。内部は写真撮影禁止なので写真は外観をメインに。



















黒い木造の外観が特徴の南寺。安藤氏の建築と内部はジェームズ・タレルの作品があります。























杉本博司氏の護王神社。ガラスの階段は地下に光を透き通らせています。



他にも角屋にある宮島達男氏の作品を初め、石橋にある千住博さんの滝シリーズや数少ない崖シリーズの最初の作品。ほかにもはいしゃ、碁会所、などの家プロジェクトがある。


直島が良いのは町の人がそれらの受付や運営を行い解説してくれることです。これらのプロジェクト以外にもお洒落なカフェやアトリエなど暖かい島民の方とのお喋りも観光の醍醐味の一つです。





























ベネッセミュージアムにて


















リー・ウー・ファンミュージアム





道端アートのでっかいゴミ箱と直樹



地中美術館ももちろん堪能しました。言葉では説明できないあの空間をぜひご堪能あれ。写真は直島のあれこれです。いろんなところにいろんなアートが点在していて歩くだけでも面白い島ででした。直樹も楽しんでくれたみたいでよかったです。また東京でも遊べるだろうしよろしく!4月から警察官になるので仕事で直樹にお世話にならないように真っ当に生きたいと思いました。プライベートでは飲んだりしたいけどね!













通りすがりのお兄さんに撮ってもらったら遠くて微妙でした。

瀬戸内海を望む砂浜で彼は何を想うw

2012年3月4日日曜日

スターバックスコーヒー in大宰府


















福岡、太宰府天満宮への参道にある隈研吾さん設計のスタバへやって来た。

いきなり2度びっくりしたのは、もろ参道途中にあったことと、なにげに違和感の無かったこと。建物が割りと低く抑えられていて建築の威圧感なんかはなかった。





















特徴の木組みも軽く、けっこう好きな印象だった。長屋の壁と天井を覆う木組みはトップライトや、遠くの間口から入る光ですごく奥深い印象が気持ちよかった。








人に近い場所には透明なカバーも付けられ実務的だった。






アートが飾られた壁部分とソファがギザギザになっていた。カウンターの木筒のペンダントが可愛らしく暖かかった。非常に気持ちよく滞在させてもらい、古く歴史のある場所でもやり方によっては秩序を崩さずに新しい空間を創れる事を再認識。保守的なだけではつまらない。






綺麗な木組み